八紘ぽすと

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希望の党=(排外+選良)ポピュリスト/2、ではないかと思った話

 ブログ更新をしていない期間に思ったことを書きなぐる。

リベラル定義厨について

 評論家・宮崎哲弥氏がリベラル定義厨(執着する人の意)化している。”リベラルならこうでなきゃおかしい”という論陣を経済政策はじめ様々な点で連発している。主な批判のターゲットは朝日新聞らしい。

 しかし、政治思想が最初にあってそれを原理主義的に遂行していくのはおかしい。達成すべき目的を論議し、コンセンサスを得た上でそれを実現するための手段を話し合う順が筋だろう。

 

 そもそも「リベラリズム」は定義を突き詰めていけば、多くの人はついてこられないような意識の高い政治思想だと思う。いわば優等生の生きやすい社会。優等生なんてクラスに1~2人程度しかいないことを思えばわかるだろう。法哲学者・井上達夫氏によればリベラリズムのキーワードは「正義」だそうだ。

 

 英・保守党のような緊縮策は「貴族階級」を支持基盤に持つから出来ることだ。日本では自民党がそれにあたり、そうした党が緊縮政策でなく”大きな政府路線”をずっと取り続けている以上、向こうを張った政策を掲げるのは難しい。

 無理やりに対立軸を作るのであれば、異次元の”無責任財政方針”を示すほかない。それを地でいくのが日本共産党だったりするのだが、「リベラル派」は宮崎氏を含め全員スルーだ。イメージを嫌うのだろうが、共産党であるからとリベラル政策を無視するのであれば同様に欺瞞であろう。

 私の思い込みかもしれないが、リベラルという単語が流行したのは昭和の時代に一部左翼が過激化した流れで悪くなったイメージの刷新であり、それは成功した。しかし、自由や寛容、正義といった意味合いはさほど重要でない動きであるから、「リベラルの定義とは~」と説法しても無意味だと思う。むしろ前段のブーメランが宮崎氏に刺さってはいないか?

 佐々木氏の論に従うほうが自然かもしれない。

中道路線での組織化は可能か?

 こんなブログ記事を見かけた。

 タイトルの通り、ブログ主は世論が(世界的に)両極化し、中道が薄くなっていると考えているらしく、それをめぐり評論家・宇野常寛氏と論争をしたようだ。

 宇野氏は両極化していないと考えている。さらに中道、というか無党派(浮動票)層を組織化できるとみているようだ。しかし、それは語義矛盾のような気がする……。

 

  東浩紀氏は個人的に宇野氏と反目する関係にあるが、同様のことを考えているようだ。かねてより民主党民進党)はポピュリズムで対抗しようとせず、思想性(定義厨的リベラル)を固めていくべきといった論調であった。

 

 しかし本当にそうなのか?

 無党派層というのは、党派性を持つ層と比べると政治ニュースに疎い。憲法論議などに代表される右左の激しい対立に引いている。どちらかに分類されることを嫌うという面もあるだろう。

 それでも政権交代は起こった。衆院選挙を経たものに限っても、平成の間に三度。

 私が思うに共通するのは「○○だけは嫌だ」という形だ。今年7月の都議選も同様。無党派が動いた結果であり、同じパターンを示している。

 

 私は両極化していないと思う。むしろ中道化している可能性すらある。だがしかし、政策的な中道政党を作っても埋没するのはその通りだろう。

 中道に属する人たちというのは、政策論議に疎いために中道政策の有効性を理解しない。一方で、退屈が嫌いで変化を好む。ゆえに、中道政党や穏健派には反応しない。見た目上、両極化しているように見えるのも無理はないが違うのだ。逆説的存在であるといえる。

希望の党の正体は?

 そこで希望の党だ。

 しがらみのない政治に変える、中央集権を地方分権に変える、憲法も変える、消費増税は凍結(”無責任財政方針”で自民と対立軸)、エネルギー政策も変える(原発ゼロ)、初の女性総理誕生(?)。

 これは退屈しない。しかし、政策的には過激な変化をもたらしうるし、イデオロギー問題からすれば左右を丸飲み。所属議員単位では、歴史認識問題や人権問題、女性宮家創設、核武装論議などで意見対立しそうな面々がいる。だが、個々の議員の意見対立などは問題にならないであろう。中道の多くはそうした細かな事に興味がない。問題化しているなら変えてみればいいのでは?という程度だ。

 これは徹底した中道適応といえる。それが「排外趣味」と「選良気質(定義厨的リベラルのこと)」が同居出来る理由だ。ポピュリズムで最大限の効果を生むには極端でなければいけない。それも本来単品では受け入れない中道が飲み込める形で。

 変革こそ正義、硬直的な是々非々、である。

勝手に今後の情勢を予言

 小池氏は都知事を降りることなく1期満了。並行して希望の党党首も続投。一国会議員でいるよりも「都知事」という外から見下ろすようなポジションが今は有用だろう。

 短期~中期では、将来的な「小池総理」の後ろ盾を取り付けることで安倍政権と連携し、実質的な大政翼賛体制に。おそらく割を食ったのは岸田、石破両氏。特に、岸田派が選挙後にポストから外されるようなら、岸田氏が次期総理という既定路線も消滅ということだ。

 中期~長期では、維新らと連携し、国政は「都市」対「地方」の様相に。つまり大阪府議会が全国版化し、「希望・維新」対「自民・共産」となる。あくまで自民が弱体化すれば、という想定であるが。

 

 正直いって、希望の党には恐怖感を覚えている。長々お付き合いいただいた方は有難う。

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